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お久しぶりの更新。
いやいや、一ヶ月書かないでいると
広告が出てくるような仕掛けになっとるとは知らんかった。
間違いなく読者もめっきり減っているこのブログですけど
古くからのブログのお友達や
遠くで暮らしてるお友達のためにも
少し長くなりますが
とりあえず、近況報告。


ブログにもたまに登場させていた実家の父
今月の始めに天国に旅立ちました。

この何十年かの間に体調を崩して
何度か危ない時もありましたが
その度に
三途の川で仁王立ちする母に追い返され
見事に奇跡の生還をしていた父。
しかし、母ももう、十分だと思ったんでしょう
「一緒に渡ろう! レッツゴー! 」
と、OK出したみたいです。

お正月頃から少しずつ、体力が弱くなっていたのですが
入院はせず
最後まで自宅で療養する事を望む父のために
訪問看護の看護士さん、お医者様
他にも沢山の人達に支えられて
旅立つその日まで
落ち着ける自分の部屋で
ゆっくりと笑顔で過ごす事ができました。

その日も、朝から訪問看護士さんが来てくれて
「今日は調子がいいね~」と言われ
呼吸は苦しいながらも喜んでいた父。
看護士さんが書いてくれる日誌に
震える手できちんとサインをし
きちんとお礼を言って手を振っていた父。
そう言えば、私にも
「看護婦さんが来たら、きちんとご挨拶をしなさい」
と、言ってたな。
その日はちょうどうちのムスメの受験の日だったので
「しっかりやってるかな~」「勉強してるかな~」と
気をもんでいた父。

父のベッドの横で姉と私3人で食事をして
父にも流動食を食べさせてあげて
そしてしばらくして
最後は姉と私が見守る中
ゆっくりと息を引きとりました。
ウソのようだったよ。
人って言うのは
こういう風に死んでいくのが
一番の姿なのではないかと
ある意味、不謹慎ではありますが
感動さえしました。

それからはバタバタとやる事をやって
どんどんと時は過ぎていきましたけど
父らしい、きちんとしたお式が出来た事
父の為に沢山の人達がお別れに来てくれた事
きっと、天国で喜んでいると思います。

なぜなら
ついこの前、父の夢を見たのです。
それが
いきなり父から電話がかかって来て
しかも凄い元気でハイテンション
10年前位の元気な声でした。
楽しくってたまらないって感じ。

そして、次の場面は納棺の場面なんですが
死んだはずの父がいきなり
「ほれ、ほれ、こんなに動くぞ!」
と、手足をバタバタさせて、みんなを驚かせるという
なんとも、コントみたいな夢。

でも、また動かなくなるんですが
その後のお式の前の参列の方々の控え室に行ったら
皆さん、綺麗なお着物を着て
運動会のお昼みたいにゴザひいてお弁当を楽しそうに食べてる。

いったい、この夢は何なん??
(ホントに見た夢です)

姉にすぐ話してみたら
「きっと、お父さん、嬉しくてしょうがないんだよ」

うん、そうに違いない。
そう思う。そう思う事にしよう。

ムスメが父の部屋から
ゴソゴソ何か取り出して持って帰ってきました。
父がいつも使ってたラジオと
今年用に買ってあった手帳。
あれからムスメはラジオにハマってるみたい。
手帳はまったく何も書かれていないままでしたが
なぜか一番後ろの「年齢早見表」のページ
父が生まれた年、大正15年が赤で丸してありました。
(はて…これまたチャッカリと印)
すごくオッサン臭い手帳ですが
これは今年一年使うそうです。

201202291140000.jpg

そう言えば、父の部屋から
以前きっと誰かの告別式で読んだのであろう
弔辞の下書きとか、結婚式の挨拶の下書きとか
大量の原稿用紙が出てきて
今、読んでいるところ。
弔辞を読んでもらったばかりなのに
弔辞の原稿が大量に見つかると
なんだか、「ぷっ」っておかしい。

私は、父に「きちんとご挨拶をしなさい」
と、言われたのが最後の言葉だったので
きっと私のこれからの課題は
「お世話になった方々に
きちんとご挨拶をする」
だと信じ
日々、生きて行こうと思います。
なぜなら、それが私がなかなか出来ていない事だから。

長くなりました。
読んでくれてありがとうございました。

そしてそして
うちのムスメっこですが
父の霊界からの気合いが注入されたせいか
第一志望の大学にやっと合格しました。
A.gif

きょう発表だったのよー(泣)
春には大学生だ。

春だ春だ。(今日は雪だけどね)

と、言う訳で
そろそろ通常営業に戻ります。
また書くぞー。(ぼちぼちね)
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